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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9849号 判決

原告

柳瀬安博

右訴訟代理人弁護士

高崎一夫

被告

セーラー万年筆株式会社

右代表者代表取締役

西本博行

被告

西本博行

右両名訴訟代理人弁護士

齋藤昌男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告セーラー万年筆株式会社は、原告に対し、金一〇六〇万円と、内金一〇〇〇万円に対する昭和五二年一〇月二五日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  被告西本博行は、原告に対し、金一〇〇〇万円と、これに対する昭和五二年一〇月二五日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

3  原告と被告セーラー万年筆株式会社との間において、原告が被告セーラー万年筆株式会社の管理本部付部長の地位にあること及び参与の資格を有することを確認する。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告セーラー万年筆株式会社)

1 原告の被告セーラー万年筆株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告西本博行)

1 原告の被告西本博行に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者について)

(一) 原告は、昭和三九年三月二六日、被告セーラー万年筆株式会社(以下、被告会社という。)に採用され、昭和四九年一〇月一一日、長堀貿易株式会社(以下、長堀貿易という。)に出向と同時に部長となり、昭和五〇年六月一日、セーラー宝飾株式会社(以下、セーラー宝飾という。)に出向し、昭和五一年七月、被告会社本社管理本部付部長となった。

(二) 原告は、昭和五一年七月から、被告会社の関連会社の財務、会計及び輸出入事務を取扱っていた。

(三) 被告西本は、協和銀行株式会社から被告会社に出向し、代表取締役になったもので、現在右銀行を退職している。

2  (被告会社の不法行為(一))

(一) 被告会社は、以下に述べるとおり、原告が担当していた仕事を取り上げ、原告の就労を妨害した。

(1) (決算作業から除外したことについて)

原告は、昭和五一年一二月下旬に受取った分担表によれば、決算作業のうち立替料金等五項目の決算作業を担当することになっていたが、昭和五二年一月一二日作成された分担表では、右担当をはずされていた。

これは、被告会社が原告を村八分にする意図のもとに、一旦従前の慣行どおり原告を決算作業に従事させることに決めたにもかかわらず、これを除外したものである。

(2) (原告の職掌を全部とりあげてしまったことについて)

原告の職掌は、関連会社の財務、会計及び輸出入事務であった。被告会社は、原告を村八分にする意図の下に、昭和五二年一月一三日、原告から財務、会計の仕事を取り上げ、同年三月一〇日、残った輸出入事務も取り上げた。

(二) 被告会社は、以下のとおり、原告を村八分にするよう指図した。

(1) 被告会社は、昭和五二年一月一三日、管理本部長村山光一をして、管理本部職員(但し、女子職員を除く。)に対し、「柳瀬とは話をするな。付合うな。」と命じ、これを拒否した職員に対しては、柳瀬と同じ運命になる旨告げて村八分を強要した。

(2) 原告は、出口栄一郎と机を向い合わせて執務していたが、被告会社は、昭和五二年三月一二日、出口の机を移動させて原告の孤立化を図り、同月二三日には机上の電話を取りはずした。

(三) 被告会社は、左記のような決議文を作成したうえ、職員に署名・捺印を強要した。

すなわち、被告会社は、前記村山をして、「働かないものは追放すべし」との趣旨の決議文を作成させ、管理本部、製造本部宣伝広告グループの管理職及び一般職員に対し、署名・捺印を強要した。

(四) 原告が昭和五二年六月二五日に約四〇分の遅刻をしたところ、被告会社は、わざわざ「注意書」を原告の机の上に置き、届を出すように促した。

被告会社には現在まで多数の遅刻者がいたが、遅刻届の提出を文書で命ぜられた者は、原告が最初で最後である。

(五) 被告会社の部長は当番制で朝礼の司会をつとめる慣例であったにもかかわらず、被告会社は、昭和五二年五月六日、原告を朝礼の当番から除外した。

3  (被告西本の不法行為)

(一) 前示2記載の被告会社の不法行為は、被告西本が、代表取締役の地位にあることを奇貨として、その権限を濫用し、常務取締役田中要及び管理本部長村山光一に命じて、これを実行させたものである。

(二) 被告西本は、事実を十分調査することなく、以下に述べるとおり、事実無根の発言を行った。

(1) 被告西本は、昭和五二年一月一七日ごろ、被告会社役員に対し、「柳瀬から自宅に『ダイナマイトを仕掛けたぞ、会社の内情を暴露するぞ』という趣旨の電話があった」と話した。

(2) 被告西本は、同年八月三一日、部課長会において、原告から脅迫電話があった旨話した。

(三) 被告西本は、昭和五二年八月三一日、部課長を集め、部課長と社員全員で原告を追い出せと命じた。

4  (被告会社の不法行為(二))

(一) (定期昇給における差別について)

(1) 被告会社では、毎年五月に定期昇給が行われているところ、昭和五二年五月に、部長については月額一万円の定期昇給があり、四月に遡及して実施された。

(2) ところが、被告会社は、原告を不当に差別して、全く昇給させなかった。

(二) 被告会社は、以下に述べるとおり、人事権を濫用して、原告を部長職から解き、原告に参与の資格を与えず、これらに伴う諸手当を奪った。

(1) 被告会社は、昭和五二年八月二一日、原告を部長職から解き(以下、本件解職処分という。)、原告を副参事に格付した。

(2) しかし、本件解職処分は、何らの合理的理由もなく、原告を不当に差別するものであって、人事権の濫用に該当するから、無効である。

(3) 本件解職処分は、前項のとおり無効であるから、原告は、部長職に相当する参与に格付られるべきものである。

5  (損害)

(一) (被告会社の不法行為(一)及び被告西本の不法行為により)

原告は、前記2の被告会社の不法行為及び前記3の被告西本の不法行為により、筆舌に尽しがたい精神的苦痛を受け、医者から胃かいようの手術を勧められている状況にある。

原告の右損害に対する慰藉料は、一〇〇〇万円が相当である。

(二) (被告会社の不法行為(二)により)

原告は、前記4の被告会社の不法行為により、以下のとおり、合計六〇万円の損害を被った。

(1) 原告は、昭和五二年四月一日から昭和五四年九月末日までの間の得べかりし昇給金額月額一万円(合計三〇万円)を失った。

(イ) 得べかりし昇給金額 月額一万円

(ロ) 請求期間 昭和五二年四月一日から昭和五四年九月末日までの三〇か月間

(ハ) 計算式 10,000円×30(か月)=300,000円

(2) 原告は、昭和五二年九月分から昭和五四年九月分までの得べかりし部長手当月額六、〇〇〇円(合計一五万円)を失った。

(イ) 得べかりし部長手当 月額 六、〇〇〇円

(ロ) 請求期間 昭和五二年九月分から昭和五四年九月分までの二五か月間

(ハ) 計算式 6,000円×25(か月)=150,000円

(3) 原告は、昭和五二年九月分から昭和五四年九月分までの資格手当の差額合計一五万円を失った。

(イ) 受け取った副参事の資格手当月額一万一〇〇〇円

(ロ) 得べかりし参事の資格手当 月額一万七〇〇〇円

(ハ) 請求期間 昭和五二年九月分から昭和五四年九月分までの二五か月間

(ニ) 計算式 (17,000円-11,000円)×25(か月)=150,000円

6  (確認の利益)

本件解職処分は、前記のとおり無効であるから、原告は、依然被告会社の管理本部付部長の職にあり、部長職に相当する参事に格付られるべきであるにもかかわらず、被告会社は、これを争い、部長手当及び参与の資格手当を支給しない。

7  (結論)

よって、原告は、被告会社に対して、不法行為に基づく損害賠償金一〇六〇万円と内金一〇〇〇万円に対する本件訴状が被告会社に送達された日の翌日である昭和五二年一〇月二五日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告が被告会社の管理本部付部長の地位にあること及び参与の資格を有することの確認を求め、被告西本に対して、不法行為に基づく損害賠償金一〇〇〇万円とこれに対する本件訴状が被告西本に送達された日の以後である昭和五二年一〇月二五日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(被告会社)

1 請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2 請求原因2(一)(1)の事実のうち、昭和五一年一二月下旬に作成された分担表によれば原告が決算作業のうち立替料金等五項目を担当する旨記載されていたこと、昭和五二年一月一二日に作成された分担表では右担当をはずされていたこと、原告を決算作業から除外したことは、いずれも認め、その余の事実は否認する。

3 被告会社が原告を決算作業から除外し、関連会社に関する仕事を担当させなかったのは、以下に述べるような原告の行動を理由とするものである。

(一) 原告は、昭和五〇年六月から昭和五一年五月まで、セーラー宝飾に営業部長として出向していたが、この間、経費の使い過ぎ、不正使用及び指示違反の行為を行った。

(1) 原告の使用した旅費・交通費は、他のセーラー宝飾の職員のそれと比較して、明らかに過大であり、経費を使い過ぎている。

(2) 原告の使った接待費には、領収証の日付が大巾に食い違うもの、接待者に不審があるもの、領収書の不備なもの及び個人支出に属すると認められるものが存在し、経費を不正使用している。

(3) セーラー宝飾は、長堀貿易の協力を得て、同社から製品を仕入れることになっていたところ、原告は、長堀貿易を辞めた広瀬敏明及び細島正弘が設立したダイヤモンド貿易から、現金で製品を仕入れ、逆にダイヤモンド貿易に製品を売るときは、手形でこれを行っていた。

(4) セーラー宝飾は、東京都調布市入間町一丁目三八番地コスモカワムラというところからも製品を仕入れたことになっているが、右所在地に宝石店はなく、実際には仙台の宝石店から製品を仕入れていた。

(二) 被告会社取締役吉田耕作は、被告会社の大手株主である王子製紙株式会社から被告会社の非常勤取締役に就任したものであるが、原告は、昭和五一年六月ごろ、吉田耕作に対し、被告会社と長堀貿易との間の種々の業務提携はすべて失敗であり、長堀貿易の言うがままになっている旨虚偽の事実を申し向けた。

(三) 原告は、昭和五一年一一月ごろ、被告会社の子会社であるセーラー万年筆名古屋販売株式会社社長藤原節夫に対し、被告会社の関係会社は殆んど赤字である旨申し向けて、いたずらに被告会社及び関連会社の経営不振をあおった。

(四) 昭和五一年一一月ごろ、被告会社は、同社の売掛金とデパートの買掛金とが一致しないとの指摘を公認会計士から受けたが、原告は、これを粉飾決算として、東京証券取引所に通報することを計画した。

(五) 原告は、昭和五二年四月ごろ、協和銀行頭取と縁のある者に対し、同銀行から出向してきた被告西本、田中常務及び村山管理部長が被告会社の株の売買で私腹を肥やしている旨虚偽の事実を申し向け、右事実を協和銀行に通報するよう暗に依頼した。

4 請求原因2(二)の冒頭の事実、同(1)の事実は否認し、同(2)の事実のうち、原告と出口が机を向い合わせて執務していたこと、出口の机を移動させたこと、原告の机上の電話を移動させたことは認め、その余の事実は否認する。

5 請求原因2(三)の事実は否認する。但し、村山部長が自発的に原告主張の決議文を作成したことはある。これは、被告会社が会社再建中で、社員が一丸となってこれにあたっているとき、原告一人が前記3記載のような行動をとったため、村山部長が、会社のためにと自らの意思で決議文を作成するに至ったものである。村山部長は、管理本部の管理職や課長らに署名捺印を依頼したことはあるが、強要したことはない。

6 請求原因2(四)のうち、「注意書」を原告の机の上に置いたことは認め、その余の事実は否認する。

7 請求原因2(五)のうち、原告を朝礼の当番から除外したことは認め、その余の事実は否認する。

8 請求原因4(一)(1)及び(2)の事実は否認する。

被告会社の賃金規定(昭和五二年一〇月二一日改正前)二〇条は、「昇給は原則として年一回以上行う」と規定し、同規定二一条は、「昇給額は社会情勢に応じて各人の能力、伎倆、勤怠成績その他の資格によって判定する」と規定しており、原告は、昭和五二年度に標準定期昇給として四〇〇円、ベースアップとして一万〇四〇〇円の昇給を受けている。

9 請求原因4(二)の冒頭の事実、同(2)及び(3)の事実は否認し、同(1)の事実は認める。

被告会社は、役職者の任命及び解任にあたり、実務上第一線に立つ監督者としての業務遂行能力の優劣、人物識見を中心に、組織上、業務上の必要性をも考慮して決定する裁量権を有しているのであって、原告の場合には、その必要性も適格性も欠くため、役職を解いたものである。

10 請求原因5は争う。

(被告西本)

1 請求原因1及び2の事実に対する認否は、被告会社と同じ。

2 請求原因3(一)の事実は否認する。

3 請求原因3(二)の事実は否認する。

但し、原告の声に非常に似ている者から被告西本の自宅に、「ダイナマイトを仕掛たぞ。会社の内情を暴露するぞ」という趣旨の電話があったことは事実である。

4 請求原因3(三)の事実は否認する。

5 請求原因5(一)は争う。

第三証拠(略)

理由

第一(当事者について)

請求原因1(一)ないし(三)の事実は、当事者ら間に争いがない。

第二(被告会社の不法行為(一)について)

一  (請求原因2(一)(1)及び(2)について)

1  原告は、被告会社が原告の担当していた仕事を取り上げ、原告の就労を妨害したことをもって、不法行為と主張している。

ところで、雇用契約においては、被雇用者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担する法律関係にあるが、雇用契約等に特別の定めがある場合または業務の性質上被雇用者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、被雇用者が使用者に対して就労請求権を有することはないと解するのが相当である。

これを本件についてみれば、原告が被告会社に対して就労請求権を有すると認めるに足る特段の事情は存在しない。したがって、原告の主張が、被告会社により、就労請求権を侵害された旨の主張であれば、理由がないことになる。

2  しかし、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げた場合には、就労請求権という具体的な権利に対する侵害が存在しなくとも、なお、就労させないことが違法性を帯び、不法行為の成立を認める余地があると解するのが相当である。

原告の就労を妨げたとの主張は、右のような主張と善解できるので、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げたか否かについて、検討するに、本件全証拠によっても、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げたとまで認めることはできない。

3  かえって、以下に認定の事実によれば、被告会社が原告に仕事を担当させなかったのは、原告が被告会社の利益に反する言動をとったことを原因とするものであり、やむを得なかったものと認められる。

すなわち、当事者間に争いのない事実、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。後記認定に反する原告本人尋問の結果部分は、信用しない。

(一) 被告会社は、長年の赤字経営打開のため、昭和四七年に八王子工場を売却し、四割の人員整理を行って、経営の合理化を図った。昭和四八年には、業績も回復に向い、宝石・貴金属分野への進出を計画した。

(二) 原告は、昭和三九年、被告会社に入社し、昭和四七年当時商事部に所属していたが、合理化の一環として商事部が廃止されたため、その残務整理にあたった。右残務整理が終わった後、原告を受け入れる部署が会社内になかったため、原告は、中央宝石研究所へ派遣され、宝石の取扱を勉強し、昭和四九年一〇月から、実際の宝石の取扱を研修するため、長堀貿易へ出向することになった。原告は、右出向にあたり、部長に任命された。

(三) 長堀貿易に出向した原告は、遅刻、早退が多いなど勤務状態が極めて悪いばかりでなく、長堀貿易あるいは同社の社長に対する批判を行うなどしたため、八か月足らずで、出向を解かれた。

(四) 原告の処遇に困った被告会社は、休眠状態にあった子会社をセーラー宝飾という名称に変え、同社に長堀貿易から仕入れた宝石・貴金属の販売を行わせることにし、昭和五〇年六月原告を同社の営業部長として出向させ、同人をセーラー宝飾の実質的な営業責任者にした。

(五) ところが、セーラー宝飾は、昭和五〇年六月から同年九月までの間に、約二〇〇万円の赤字を出すなど、業績が上がらなかった。そこで、被告会社は、宝石の専門店である長堀貿易に経営参加及び資本参加を求めることにし、原告のセーラー宝飾への出向を解くことにした。

(六) 昭和五一年六月、原告は、セーラー宝飾への出向を解かれ、被告会社管理本部付部長を命じられ、出口栄一郎部長の担当していた関連会社の財務、会計及び輸出入事務を手伝うことになった。

(七)(1) 原告は、セーラー宝飾への出向を解かれることが決まっていた昭和五一年五月三一日、被告会社の非常勤取締役であった吉田耕作(同人は、被告会社の大株主であった王子製紙から、被告会社の取締役に就任していた。)に対し、長堀貿易が無断でセーラー宝飾の帳簿を調べている、長堀貿易と被告会社の業務提携は全て失敗であり、被告会社は長堀貿易に乗っ取られるなど虚偽の事実を申し向けた。

(2) 吉田取締役は、同年六月二日、被告会社を訪れ、長堀貿易との関係を問い糺すとともに、王子製紙は被告会社から手を引く旨伝えたが、被告西本専務及び田中要常務(当時)らが、原告の説明は虚偽である旨説明し、吉田取締役の納得をえた。

(3) なお、被告会社は、その後も、長堀貿易との業務提携を強め、長堀貿易の代表取締役長堀守弘は、現在、被告会社の常務取締役に就任している。

(八) 長堀貿易が、セーラー宝飾の経営に参加するため、同社の帳簿を調べたところ、原告が次のような不正経理あるいは不正取引を行ったのではないかとの疑いを生じた。

(1) 原告がセーラー宝飾で支出した接待費のうち、九〇万円足らずの使途に不審な点があった。すなわち、実際に接待していない人間を接待したように記載されていたり、接待先に疑問があったり、個人支出にかかると思われるものなどが多数存在した。

(2) 原告が使用した旅費・交通費は、過大で、同じくセーラー宝飾で営業を担当していた大島係長(当時)の使用した旅費・交通費に比べ、著しく多過ぎた。すなわち、被告会社では、交通機関を利用する場合には、原則として公共の交通機関を利用し、緊急の場合に限ってタクシーの利用を認めることとしており、セーラー宝飾でも同様な取扱いをすべきものと考えられていた。ところが、原告は、頻繁にタクシーを利用し、しかもそのタクシー料金自体が通常に比べ高過ぎた。

(3) セーラー宝飾は、原則として、長堀貿易から製品を仕入れ、これを販売することが予定されていた。ところが、原告は、長堀貿易を辞めた広瀬敏明及び細島正弘の作ったダイヤモンド貿易と取引を行っていた。しかも、その取引内容は、ダイヤモンド貿易から製品を仕入れるときは現金で決算し、品物をダイヤモンド貿易に売るときは手形を受取るといったものであった。

(4) 原告は、コスモ川村という店からも、製品を仕入れたことになっていた。しかし、コスモ川村の所在地は、被告会社を辞めた川村という者の住所地で、コスモ川村という宝石店は存在しなかった。

(九) 前項のような事実が明らかになってきたので、長堀貿易の社長が、昭和五一年一〇月ごろ、原告に会い、その説明を求めた。しかし、原告は、明快な回答ができなかった。

(一〇) 原告は、管理本部において、関連会社の財務、会計の事務を担当していたので、被告会社の関連会社のほとんどが当時赤字経営であることを知りえたが、昭和五一年一一月ごろ、セーラー万年筆名古屋販売会社の社長藤原節夫に対し、関連会社が全部赤字である旨伝え、被告会社の経営不振をあおり、会社再建に水をさす発言を行った。

(一一)(1) 昭和五一年度の監査を担当していた公認会計士から、昭和五一年一〇月ごろ、被告会社の計上している百貨店に対する売掛金と百貨店側の計上している買掛金との間に約一億円の差額が生じている旨指摘された。右のような差額は、百貨店との取引形態が複雑であること、したがって伝票及び帳簿の整理が十分でないことなどから、従前より生じていたが、それまで公認会計士から指摘されたことがなかったものである。

(2) 被告会社は、当初右一億円の差額を昭和五二年度上期の返品値引勘定で処理する方針であったが、公認会計士の指導で昭和五一年度の決算で処理することに変更した。右のような処理方法をとることについて、西本専務が、昭和五一年一〇月二五日及び同年一一月二六日の部課長会議でそれぞれ発表・説明した。

(3) 原告は、右のような被告会社の処理方法が粉飾決算にあたると考えた。そして、原告は、昭和五二年二月ごろになって、山口孝太郎課長に対し、被告会社が粉飾決算を行っている旨東京証券取引所に通報すると話した。

(一二) 被告会社の決算作業は、従前から管理本部の職員が行うことになっていたので、管理本部の平本係長(当時)が、昭和五一年一二月下旬、原告を含めた昭和五一年度の決算作業分担表を作成した。しかし、原告には、前記(七)、(八)及び(一〇)に記載した事情があったため、昭和五二年一月上旬に開かれた役員会において、原告を決算作業からはずすことを決定し、原告を除外した決算作業分担表を改めて昭和五二年一月一二日に作成させた。

(一三) 村山光一経理部長は、出口部長の担当していた関連会社の輸出入事務に関し、出口部長としばしば情報交換をする必要が生じたことから、出口部長の机を村山部長のところへ移動した方がよいと考え、昭和五二年三月一二日に、出口部長の机を村山部長の机のところまで移動させた。そして、出口部長の仕事は同部長一人で十分こなせるものであったから、その後、原告に出口部長担当の関連会社の輸出入事務を手伝わせることはなかった。なお、出口部長と原告とが共用していた電話を、出口部長の机の移動にともない、移転させることにし、同月二三日、右電話を動かした。

(一四) 原告は、昭和五二年四月ごろ、協和銀行と取引のある人間に対し、西本専務、田中常務及び村山部長の三名が被告会社の株を操作し私腹をこやしている、右の事実を銀行に伝えるため頭取を紹介して欲しい旨頼んだ。紹介を頼まれた人から原告の話を聞かされた西本専務は、協和銀行へ赴き、その間の事情を説明した。

二  (請求原因2(二)(1)及び(2)について)

1  請求原因2(二)(1)の主張について、原告本人尋問の結果中には、これに沿うかのごとくみられる部分もあるが、伝聞に基づくものであり、右部分から直ちに請求原因2(二)(1)の事実を推認することは困難であり、他にこれを認めるに足る証拠はない。

2  原告が出口栄一郎と机を向い合わせて執務していたこと、被告会社が昭和五二年三月一二日に出口の机を移動させたこと及び同月二三日に電話を取りはずしたことは当事者間に争いがないが、その経緯は前記一で認定したとおりであって、出口の机及び電話を移動させたことを直ちに違法と認めることはできず、他に右行為が違法であると認めさせるに足る証拠はない。

3  他に、被告会社が原告を村八分にするよう指示したと認めるに足る証拠はない。

三  (請求原因2(三)について)

(証拠略)によれば、昭和五二年五月ごろ、村山部長が、原告の勤務態度を見て、原告を職場から隔離願いたい旨記載した阪田社長宛の決議文を作成し、管理本部の職員らに対し、賛同の署名・押印を求めた事実が認められる。しかし、被告会社が右決議文の作成を指示した、あるいは、村山部長が被告会社の職務行為として右決議文を作成したと認めるに足る証拠はない。

四  (請求原因2(四)について)

当事者間に争いのない事実、(証拠略)によれば、昭和五二年六月二五日当時原告が被告会社に対し訴訟を提起する予定であることが会社内で知られていたこと、同日原告が約四〇分遅刻したこと、村山部長は、今後のため文書を作成して事実関係を明確にする方がよいと判断して、田中管理本部長名義の注意書を作成し、原告に渡したとの事実が認められ、右認定のような事情のもとで、遅刻届提出を文書で要求したことは、従前文書で注意された者がいなかったとしても、直ちに違法であるとは認め難く、他に注意書作成が違法であると認めるに足る証拠はない。

五  (請求原因2(五)について)

被告会社が原告を朝礼の司会から除外したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、原告が被告会社に対し朝礼の司会をつとめさせるよう求める具体的権利を有していたと認めるに足る証拠はなく、また、原告を朝礼の司会からはずしたことが善良の風俗に反して違法であるとまで認めさせるに足る証拠はない。

第三(被告西本の不法行為について)

一  (請求原因3(一)について)

原告が請求原因2で主張する被告会社の不法行為を認めるに足る証拠がないことは、前示のとおりである。

したがって、被告会社の右不法行為を前提とする被告西本に対する請求原因3(一)の主張も、理由がない。

二  (請求原因3(二)について)

1  (人証略)によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和五二年二月ごろ、被告西本方に、相手方不明の電話がかかってきた。被告西本の次男がでたところ、相手は、「お前の家にダイナマイトを仕掛けたぞ。」と話した。

(二) 同年四、五月ごろ、再び、被告西本方に、相手方不明の電話がかかってきた。被告西本の母親が電話にでたが、電話の内容は、「外に漏れては困る会社の機密事項を知っているんだぞ。ばらしてもいいのか。」というものであった。

(三) 被告西本は、その男が会社の内部事情を知っているらしいことなどから、電話の相手が原告ではないかと考え、被告会社の社長、田中常務及び長堀貿易の長堀守弘に対し、同様の電話がかかってくるかもしれないと教えた。

(四) そのころ、田中常務宅へ、電話がかかってきたが、相手方は物を言わないということが三回ほどあった。また、長堀守弘宅にも、深夜に電話がかかってくるが、相手は黙って電話を切るといったことが二回あった。

(五) 昭和五二年七月になって、深夜二時ごろ、見知らぬバーの女性から被告西本に電話がかかってきた。相手の女性は、西本と名乗る男から、二時に電話をかけて欲しいと頼まれて、電話番号も教えてもらった、と話した。被告西本がその男の特徴を聞いたところ、相手の女性は、非常に痩せて、眼鏡をかけており、ビールが好きな男である、と答えた。

西本と名乗る男の特徴は、原告の特徴と一致していた。

なお、原告本人尋問中には、原告は嫌がらせの電話をかけたことがないとの供述部分があるが、信用しない。

2  前項認定の事実によれば、被告西本が、いわゆる怪電話の相手が原告ではないかと判断したことには、相当の理由があるから、同人が他の役員らに対し怪電話があるかも知れない旨伝えたことは、違法であるとまで認めることは困難であり、他に右事実が違法であると認めるに足る証拠はない。

三  (請求原因3(三)について)

請求原因3(三)の事実を認めさせるに足る的確な証拠はない。

第四(被告会社の不法行為(二)について)

一  (請求原因4(一)について)

1  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社では、昭和五二年五月に、定期昇給が行われ、四月に遡って実施された。

(二) 被告会社の就業規則では、昇給に関する事項は賃金規則で定めることにし(就業規則三六条)、当時の賃金規則では、昇給に関し、二〇条において、昇給は原則として毎年一回以上行う、と定め、二一条において、昇給額は社会情勢に応じて各人の能力、技量、勤怠成績その他の資格を判定する、と定め、二三条において、昇給に関する細則はその都度定める、と規定している。

(三) 原告の昭和五二年度の昇給は、被告会社の査定に基づき、定期昇給額四〇〇円、ベースアップ額一万〇四〇〇円と決められた。

(四) なお、被告会社の昭和五二年度の昇給において、原告を除く部長職の中で、定期昇給額が一万円を下る者はいないが、右部長間では、昇給額の差が三、〇〇〇円程度生じている。

2  前項認定の事実によれば、被告会社における定期昇給は、被告会社の査定に基づき行われ、昇給額は、各人の能力、技量、勤務成績などを考慮して、被告会社の裁量によって決定されると認めるのが相当である。したがって、被告会社の従業員は、被告会社に対し、当然に昇給を請求する権利を有するものではなく、また、被告会社の昇給査定は、その裁量権の範囲をこえまたはその濫用があった場合に限り、違法であると解される。

これを本件についてみるに、原告の定期昇給額は、他の部長に比べ低額ではあるが、前示第二、一、3で認定した事実に照せば、原告の昇給額が他の部長に比べ低かったことをもって、被告会社の査定が、その裁量権の範囲をこえた、あるいは、その裁量権を濫用したものであると推認することはできず、他に裁量権の踰越ないし濫用を認めさせるに足る証拠はない。

二  (請求原因4(二)について)

1  原告が昭和四九年一〇月長堀貿易に出向する際部長職に任命されたことは前示認定のとおりであり、原告が昭和五二年八月二一日部長職を解かれたことは当事者間に争いがない。

ところで、使用者が被雇用者をいかなる役職に就けるか、あるいはその役職を解くかは、雇用契約、就業規則等に特段の制限がない限り、雇用契約の性質上、使用者が、業務上、組織上の必要性、及び、本人の能力、適性、人格等を考慮して、自由に決定する権限を有していると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告会社の右権限を制限する特段の事情は認めえないから、被告会社は、原告を役職に任命、解任する裁量権を有していると認められる。そして、本件解職処分が、その裁量権の範囲をこえまたはその濫用があったと認めるに足る証拠はなく、他に本件解職処分が無効であると認めるに足る証拠はない。

2  原告は、本件解職処分が無効であるから、原告が部長職に相当する参与に格付られるべきである、と主張している。

しかし、本件解職処分が無効であると認められないことは、前示のとおりであるから、解職処分が無効であることを前提とする原告の右主張も理由がない。

第五(確認請求について)

一  原告が被告会社の管理本部付部長の地位にあったこと、原告が昭和五二年八月二日部長職を解かれたことは、すでに認定したとおりであり、右解職処分が無効であると認めるに足る証拠がないことは、前示第四、二、1で認定したとおりである。

したがって、原告が被告会社の管理本部付部長の地位にあることの確認を求める原告の請求は、理由がない。

二  次に、原告は、原告が参与の資格を有することの確認を求めている。

しかし、本件全証拠によっても、原告が参与の資格を有するとの事実を認めることはできない。

したがって、原告の右請求も、理由がない。

第六(結論)

以上の事実によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

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